
小学生から中学生くらいの時期にかけて、セキセイインコを7年ほど飼っていたことがあり、彼の名前はピロロといった。ひょっとすると彼女だったのかもしれないが、鳥の性別判断は難しい。
ピロロは鳥かごには入れていたものの、時々放し飼いにすることもあり、名前を呼べば歩いてやってきた。飛ぶことより歩くことの方が得意だったので、急ぐときと仕方がないとき以外は歩いて移動した。ハッピーターンの袋を開ける音が聞こえると、2階から1階まででも飛んできた。
日頃飛びなれていないし運動不足のせいで、ちょっと飛んだだけで息が切れてぜえぜえ呼吸が荒くなった。片足でハッピーターンを捕まえてくちばしで大きくかぶりつくものの、ハッピーターンを噛んで砕くまでの力がなく、結局表面を舐めているだけとなった。人間の手で小さく砕けば、そのかけらをやっと食べることができた。しばらくそれを続けると次は喉が渇いて、茶碗のお茶に首を突っ込み、お茶を飲んだ。塩分と水分を何往復かして満足すると、どこかへ歩いて去っていった。
当時熱心だったのはタミヤの工作シリーズのパーツを利用して、何か動くものを作ることだった。家には木の板がたくさんあり、それにねじ穴をあけてモーターマウントやギアボックスなどを固定した。よく利用したのはマブチモーターの130/140/260/280あたりで、これがラジコンになると380/540まで大きくなった。RE-260RAはRE-280RAより回転数が高いが、トルクは280のほうが大きかったことを覚えている。
バギー用のブッロクタイヤにしてもピンスパイクタイヤにしても、あるいはオンロード用スリックタイヤにしても地面との摩擦(物理っぽくいうと転がり抵抗)があるので、微々たる回転数の高さは無効化され、トルクの大きいモーターが結局速いという結論となった。
タミヤのモーターマウントは、というかそれを製造するためのプレス金型が、FA-130RAかRE-140RAがちょうど収まるように設計されているので、RE-280RAが合わないことが不満だったが、それしかホルダーがなかったので仕方がない。
モーターシャフトのピニオンギアが大きなスパーギアを回すが、このスパーギアは複合ギアになっていて、小さなスパーギアが同時に回転する。小さなスパーギアは次の大きなスパーギアを回し、それと一体になっている小さなスパーギアが次のギアに回転運動を伝える。つまり小さい円の回転(A)が大きな円の回転(B)をつくるのだが、このとき(A)に対して(B)は回転方向が逆向きになり、時間当たり回転数が減少する。このスパーギアの組み合わせによって回転方向と回転速度が変化していく。
小さい回転と大きい回転の差が大きければギア比が高いということになり、差が小さければギア比が低いということになる。自転車のペダルの回転とタイヤの回転の差が大きければギア比は高く、スピードが出ない代わりに力が出て上り坂が楽。自動車のシフトダウンはたとえば4速から3速や2速にすることで、ギア比を高くして、減速と同時にトルクを得る。自動車のタイヤを16インチから18インチに変えれば、ギア比が低くなり、直線でのスピードが増す代わりにトルクを失う。
ねじ状のギアがウォームホイールを回すウォームギアとか、歯が円錐形の面にあり回転軸の方向を直角に変化させるベベルギアなど、見ていて飽きない。特に好きなのはデファレンシャルギアで、プロペラシャフトのピニオンギアから大きなリングギアを回し、スパイダーギアに動力が伝わる。スパイダーギアのシャフトはリングギアと同期して一緒に回転するのだが、スパイダーギアそれ自体はリングギアと同期せずに独自に自転してサイドギアに出力される。結果、左右のドライブシャフトに異なる回転速度を生み出すことになり、自動車がカーブする際の、内輪と外輪の回転数の違いを作り出す。
ただしこのようなオープンデファレンシャルギアは、左右一方のタイヤに抵抗が大きいとき、つまり〝回りにくい“とき、回りやすいタイヤばかりが回転することになって、回りにくいタイヤにはトルクが伝わらない。この問題を解決するために作られたのが、リミテッドスリップデファレンシャルギアであり、当時、ラジコンキットではタミヤ「カンナムローラ レーシングマスターMk.1」にのみ搭載されていた機構だった。
ぼくが持っていたのは「フェアレディ280ZX レーシングマスターMk.2」で、残念ながらこちらはオープンデファレンシャルギアである。RS-540SHのチューニングバージョンであるブラックモーターの出力を、片方のタイヤを固定してももう一方のタイヤだけが回転する。片方のタイヤを完全に止まってしまわないようにするのがリミテッドスリップデファレンシャルギア(LSD)なのである。
Youtubeでギアの動画がおすすめに出てくるくらいだから、実はギアフェチだったのかも知れない。
小学生の頃だと、4輪駆動のバギーやキャタピラで動くタンクを好んで作ったが、最大で8輪駆動のバギーとか、リモコンで動くブルドーザーを作って学校に持って行った。友達はたいていプラモデルに興味がいくのだが、決まりきったものを組み立てるだけの何が面白いのか理解できなかった。
友達はプラモデルのバギー、今では見かけなくなったモーターライズ(死語?)のバギーで、一方ぼくは木の板に電池ボックスやモーターやギアをねじ止めした手作りのバギーで、配線がむき出しになっている。二人で遊んでいるところに友達の母親がいらっしゃって、ぼくは気の毒そうな目で見られたことを覚えている。プラモデルを買ってもらえない子供に見えたのだろう。
今振り返ってみると、構成要素を選択し、レイアウトを決め、機構を考える。プーリーを使うべきかウォームギアを使うべきか、トラックタイヤにするかキャタピラにするか、そういうことが楽しいのであって、逆に既製品になぜ満足できるのか分からなった。
こういうことは他の場面でも同じようなことが平行した。
たとえば、ぼくがラジコンを熱心にやっているとき、世の中的にはミニ四駆が流行していたし、SHARP X1でゲームのプログラムを書くのに熱心だったころには、世の中的には「買ってきたファミコンのゲーム」を遊ぶのが流行っていた。
自分でモーターやサスペンションやギア比を考えるのが面白いのだし、どういうゲームを作るのか、何を目的にしてどのような阻害要因を設定するのか、時間制限をどのように設けるか、当たり判定をどうするか、などを考えるのが面白いと思うのだが、ほかの人から見たら、ぼくはプラモデルを買ってもらえない子供であり、ファミコンを持っていない子供であった。
当時のぼくが熱心に考えていたことは、トーイン・トーアウトやキャンバー、キャスタをどうするかという問題であり、トレーリングアームとマルチリンク、ダブルウィッシュボーンなどのサスペンションの選択どうするか問題、エマルジョンダンパーに入れるシリコンオイルの粘度をどの程度にするか問題、ピニオンギアの歯の枚数(つまりギア比)どうするか問題、7.2Vのニッケルカドニウム電池を4分で使い切るテクニパワーモーターにするか8分持つエンデュランスにするか問題(どちらのモーターもRS-540SHのチューニングバージョンで、当時4,000円した)、スピードコントローラは機械式の無段変速にするか3段変速にするか、それともトランジスタによって電流を制御するESC(Electronic Speed Controller、当時はアンプと呼ばれた)にするか問題、軸受けはメタルブッシュでよいのか、スラストベアリングにするかボールベアリングにするか問題、など様々なテーマがある。
ステアリングに関してちょっと説明すると、下記の通り。
キャンバーというのは車を正面から見たときにタイヤがハの字になるか逆ハの字になるかということ。逆ハの字になることはポジティブキャンバーで、若干タイヤの外側が摩耗しやすいが、ステアリングを担当する高価なサーボモーターの負担を軽減する。
トーイン・トーアウトというのは、車を上から見たときに、(主に)前輪が内向きか外向きかという問題で、ふつう右と左のタイヤは上から見れば平行なのだが、若干内側を向いているとすれば、それはトーインである。トーインだと直線安定性が増す代わりに、ややステアリングに鈍感になる。
キャスタは、ステアリング軸と地面からの垂直線が一致していない、進行方向に対して後方にステアリング軸が倒れている、その角度がキャスタである。キャスタ角は大きいほど復元力が高くなり、旋回時にステアリングから手を放すと直進に戻ろうとするセルフアライニング効果が得られる。
まあつまり、上記のような事柄を考えたり調整したりするのが面白いのであって、そういうことが好きな子供だったのだ。
ピロロはとくに、タンクのホイルと駆動用スプロケットホイルに張った樹脂製キャタピラの上に載って遊ぶのが好きだった。弾力があり、そこに乗るとぶよぶよして不安定で、バランスが取れずまっすぐとまっていられないのが面白かったみたいだ。
こういう工作とかラジコンは、機械的というか物理的なもので、手で触れることのできる遊びだったのだが、同時に並行した8ビットのパーソナルコンピュータであるX1でゲームを作るということは、手で触れることのできない抽象的な遊びだった。
ピロロは無論、物理的な遊びを好んだが、ぼくは両方面白いと思った。どちらにしても、出来合いのプラモデルを買ってきて組み立てるだけとか、買ってきたゲームを遊ぶだけだと物足りなかった。たとえクオリティが低くても、可能性と選択肢は多い方が良い。
使いもしないくせに、BASICの関数やコマンドは多い方が良かったし、ビデオデッキの再生機能や録画機能は多い方が良かった。非晶質アモルファスのバルジシリンダーダブルアジマスヘッドとか名前が長いのも好き。コンポーネントステレオのイコライザやアンプやチューナー、デッキ、プレイヤーにはボタンやつまみがいっぱいあった方が良かった。複雑で、意味が豊富で、可能性が広く、選択肢が多いものに惹かれた。
ちなみに現在、その名残か。
うちの電子レンジにはメニューが豊富で餃子まで焼けるのだが、「あたためる」以外使わない。