デジタル・コミュニケーション問題3


先日ある打合せに同席した。

どちらかというとサービスの概要説明などはもう済まされていて、クロージングといってよい段階だった。相手は設計・開発部の担当者だけでなく、法務部の担当者も加わって、ぼくの書いた契約書について「これはどういう意味か」とか「これは何を想定しているのか」とかそういう問合せに直接ぼくは回答を与えていった。

大体の話がおわり、さて次はどうするかという段になったのだが、営業担当はあさりよしとおの漫画『宇宙家族カールビンソン』に出てくるおとうさんのように「うふふふふふ」みたいな声しか発していない。

webミーティングだったので、担当者に確認したうえで、具体的なスケジュールを告げた。

「1月31日までに契約締結、2月20日に技術者の面接、4月1日のプロジェクト開始」

2月20日の面接はホーチミンにきて直接面談でもいいし、ZOOMの遠隔面談でもよい、という内容を付け加え、どうでしょうかと尋ねた。

むろんその通りに進むとは限らないが、明確なデジタル情報の出力によって、相手は「具体的な検討」ができるものである。

「契約はいつくらいになりそうですか」と問うのではなく、「契約締結は1月31日で問題ありませんか」と問うべきだ。相手に決めさせるのではなく、こちらが決める。こちらが決めたことの可否を相手に検討させる。

輪郭がはっきりしない、ふわっとしてあいまいなアナログ情報を、断定的で明確なデジタル情報に変換する。アポイントの取得も契約書の締結も、納期についてもサービス開始日時についても、「いつ頃がご都合よろしいですか」などと相手に聞いても仕方がない。

そもそも「いつ頃がご都合よろしいですか」という質問は、「いつにするか、あなたが決めてください」という意味であり、それはつまり、「あなたがアナログ/デジタル変換をしてください」と言っているのと変わらない。

デジタル変換は「私」が行うのであり、変換後のデジタル情報を「あなた」は吟味すれば良い。デジタル変換を顧客にアウトソーシングしてはいけない。

もっともこのアナログ/デジタル変換が案外簡単ではなく、できそうでできない。入力されたアナログ情報を“自分なりのアナログ情報”に変換して職責を果たした感を出してみても、結局それはアナログ/アナログ変換でしかなく、自分なりの表現に言い換えたに過ぎない。厳しい顧客だと、担当者のそうした振舞から「話ができない」と見限られる。見限られれば、そういう種類の顧客はすべて営業の対象外となり、アナログ情報に寛大な顧客だけを相手にして生きていくより他になくなる。


また、かりにアナログ/デジタル変換ができたとしても、それでなんでも解決というわけでもない。

「私」が出力したデジタル情報は他者が受け取るのであるが、他者はそれをどのように受け取るのだろう。

デジタル情報であればなんでも興味の対称で、なんでも需要があり、なんでも歓迎されるというものでもない。アナログ情報との比較においてデジタル情報が求められているのだが、当然のことながら必要なタイミングに出力するのが大前提である。

コストを検討したいときにスケジュールのデジタル情報を与えても仕方がない。

具体的で、明確で、はっきりした話であっても、それが相手(他者)にとってどのように受容され、どのように消費され、どのような影響を与えるか、を考える必要がある。

冒頭の「1月31日契約締結で2月20日に面談、4月1日プロジェクト開始」という具体的な日程は、相手がスケジュールについて検討している、次はどうすれば良いかを知りたがっている、というタイミングを見計らって出力している。

また、具体的な日程の提示によって不利になる要素はないか、顧客のモチベーションを下げる可能性はないか、何かしらの反発を生む恐れはないか、…そういったことを検討している。

「なんとなく来季に稼働したらいいな」というふわっとした予定はデジタル変換され、なおかつ、それを受け取る相手(他者)側に不具合が出ないかを検討したうえで出力する。


まあ、なんていうか、日程の提示はほぼ不具合が発生する恐れはないので、あまり熱心に云っても仕方がないかも知れない。よくある事例を紹介すると、例えば、顧客から「このサービスは今までどんな会社が参画してきたのか、その実績を知りたい」という質問があったとして、どう答えるか。

  • 「わりといろいろな会社に使っていただきました」(超アナログ情報)
  • 「製造業の会社に実績が多いです」(アナログ情報)
  • 「自動車の部品メーカーと機械メーカーを中心に100社の実績があります」(ややデジタル情報)
  • 「A社とかB社とか、貴社の競合だと、C社も使っています」(デジタル情報)

なんとなくたくさんの企業で実績があるということをデジタル変換して、A社やB社のように具体的な社名を出すことのメリットとデメリット、また、この具体例を話すことによって、相手にどのように受容されるか、どのような影響を与えるか、を考える必要がある。

とくに「貴社の同業であるC社もやっています」は、いっそう参画意欲を高める効果があると考えるべきか、逆効果になると考えるべきか。この辺はなかなか難しい問題で、画一的に「言うべきである」とか「言わない方が良い」とか断じることができない。

ただ確かなことは、顧客はA社・B社・C社のような超具体的な社名を知りたがっているということだ。

相手は「知りたい情報」であっても、あまりそこまで具体的な社名を聞くのはよろしくないかという判断からか、あまり関心がなさそうな顔をしているけれど、実は非常に興味がある。依然としてデジタル情報には強力な需要がある。

ただし、こちら側はその需要があることは理解したうえで、アナログ/デジタル変換ができることは当たり前として、その上で具体例を出すことの影響や効果や結果を吟味・検討する必要がある。出力するデジタル情報を制御しなければならない。


また、別の質問「どんな技術者が面接に来ますか?」に対して何と答えるか。

  • 「けっこう優秀な人材が多いですよ」(超アナログ情報)
  • 「わりと日本企業で働いていた人が面接に参加しますね」(アナログ情報)
  • 「日本語もできて結構高度な解析もできて…」(アナログ情報)
  • 「仕様が決まっていたとして、リニアガイドやボールねじ、シリンダーやモーターを自分で選定するくらいの機械設計者が集まります」(デジタル情報)
  • 「配管設計で募集するとA社で5~6年設計経験がある人材が応募してきます」(デジタル情報)

どういう人が面接に集まるのか、について知りたい顧客としては、後半二つのデジタル情報がやはり需要を満たす。知りたいのはそういうことで、「けっこう優秀な人材」と言われても全く具体像がつかめない。アナログ情報は「何も言っていないのに等しい」のである。

「仕様が決まっていたとして、リニアガイドやボールねじ、シリンダーやモーターを…」という回答は、相手が最上流の構想設計を求めている場合には、そこまでできる人材はいません、もしくは少ないです、ということを宣言することになり、そう断言して良いかどうかの検討を経てからこの説明を出力するべきだ。

デジタル情報は「どういう人材か」という興味を満たすのに役立つが、そのデジタル情報は相手を落胆させるのか、勇気づけるのか、その結果ビジネス的に都合が良いのか悪いのか、それを考えて回答する。

相手が構想設計を求めていそうな場合は、この回答はカスタマイズされるべきだが、カスタマイズといっても嘘を言う訳にはいかない。ターゲットの割合感を知りたいのであれば、

「構想設計のできる人材は5%、機械要素の選定や機構の検討ができる人材は25%、部品図・組立図・アセンブリまでが残り70%、ただしデータベースにはX万件のCV(レジュメ)があるため、上位5%の構想設計できる人材が〇百人います」

…少ないものは少ないのだから、せいぜいこのくらいだろうか。

また、「配管設計で募集するとA社で5~6年…」という回答は、具体的な社名A社を出している点がデジタル情報なのだが、このA社が今話をしている相手(顧客)より格上の会社なのか格下の会社なのかによって、この回答の効果は左右される。

一般的には、相手よりA社が格上なら、同業の格上企業で設計経験がある人材は欲しいと思うのが普通だから、ぜひ言うべきだと判断する。が、格上・格下関係なく、この会社がA社と密接な取引関係がある場合は、「貴社の取引先の人材を引っこ抜いて使います」ということをわざわざ宣言することになり、よろしくない。

いずれにしても、アナログ/デジタル変換ができるのは当たり前、そのうえで変換されたデジタル情報の受け取り手への影響を評価して、カスタマイズするなど制御する、ということになる。


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